前回の概要
前回は要録の根拠となる法令を確認しました。
保育所児童保育要録(以下、「要録」)の根拠法令を調べると、『保育所保育指針』と「保育所保育指針の施行に際しての留意事項について」(以下、「通知」)の2つがその根拠となっていました。これらを調べてみると、一見「要録は作成の義務がある」と言えなくもありません。
しかし「通知」の差出・宛先、さらに「通知」の取扱いに「技術的助言」と書かれているのを見て、「本当に要録には作成の義務性はあるのか?」と疑問を持たずにはいられませんでした。
今回は、前回の内容を踏まえた上で要録の取扱い等について調べていきたいと思います。
※注意※
今回のブログ内容はあくまで「業務の改善案」という観点から「要録を削減することは可能なのか?」について書いています。この業務に付随する児童の育ちや発達、保護者支援、小学校等との連携等は視野に入れておりません。
その点をご理解の上、お読みください。
各都道府県民生主管部(局)長、各指定都市・中核市民生主管部(局)長とは
『要録』の作成等の根拠となる資料の一つが「保育所保育指針の施行に際しての留意事項について」という「通知」です。その差出人は「厚生労働省子ども家庭局保育課長」となっていますが、宛先は「各都道府県民生主管部(局)長、各指定都市・中核市民生主管部(局)長」となっています。
一体この「宛先」は「誰」の事を指しているのでしょうか?
調べてみると、すぐに分かりました。
行政機関の中の、保育所等の福祉施設の運営に関係している部署の「長」であることが分かります。つまり先ほどの「通知」は、国から福祉関係の部署の部局長に宛てた通知であり、換言すれば「国から施設に向けた通知ではない」という事です。
技術的助言とは
「技術的助言」
聴き慣れない言葉だったので調べてみると、総務省のホームページには次のようにありました。
技術的助言とは、地方自治法第245条の4第1項等の規定に基づき、地方公共団体の事務に関し、地方公共団体に対する助言として、客観的に妥当性のある行為を行い又は措置を実施するように促したり、又はそれを実施するために必要な事項を示したりする通知を発することができるとされているもの。
次に元となる「地方自治法第245条の4第1項」について調べます。
地方自治法第245条の4第1項
各大臣又は都道府県知事その他の都道府県の執行機関は、その担任する事務に関し、普通地方公共団体に対し、普通地方公共団体の事務の運営その他の事項について適切と認める技術的な助言若しくは勧告をし、又は当該助言若しくは勧告をするため若しくは普通地方公共団体の事務の適正な処理に関する情報を提供するため必要な資料の提出を求めることができる。
毎度思いますが、条文や法令は何故こんなにも解かりにくいのでしょうか。
まずここで出てくる「地方公共団体」や「普通地方公共団体」について調べてみると、
一定の地域とそこに住む住民とを基礎とし,その地域に関連ある公共的役務を実施する目的をもって設置されている公の団体で,その地域の住民に対し包括的な支配権をもつもの
とあります。
「その地域に関連ある公共的役務を実施する目的をもって設置されている公の団体」とあるように、県庁や市役所などの行政機関を指していると思われますが、先ほどの通知と合わせて考えれば、この「地方公共団体」とは「その地域の福祉関係を取り扱う部署」と言い換える事が出来ると思います。
さらに調べていくと、この「技術的助言」について明言している方、また表現方法について言及している論文がありました。
はじめに平成23年3月の衆議院総務委員会での片山国務大臣の発言を確認してみましょう。
政府が自治体に対して出す通知、これは2000年の地方分権改革以来、基本的には無効であります。場合によっては違法であります。あるとすれば技術的助言などであります、その範囲に限られるということ。そののりを越えて、規範性を持つとか拘束性を持つようなものを出したとすれば、これは違法であります。
次に「自治総研通巻」で掲載された論文です。
国の自治体への関与の改革の検証と今後の課題(上)
-分権型の政府間関係の構築に向けて -自治総研通巻397号 2011年11月号-
自治事務については、従前の通達の多くは、廃止されるか、又は「指針」等の名称に変更され「技術的助言」として通知されており、自治体の事務処理を法的には拘束しないものとされている。(~中略~)技術的助言の中には、国から自治体への行政サービスとして情報を提供しているものもあり、提供する情報には制限がない状況にある。重要なことは内容よりも文章表現であり、あくまで自治体の自主的な判断を前提にしたものでなければならない。
以上の条文や「通知」、技術的助言に対する考え方を踏まえた上で、再度条文を読むと次のように解釈する事が出来ます。
国や各都道府県の知事は、地方公共団体である県庁や市役所等が担当する福祉事務業務について、あくまで一助言として業務を遂行する為の具体的な業務内容や方法を通達する事が出来る。(独自解釈)
大筋は上記の内容で間違っていないと思います。ここで注目すべきは2つあります。
①県庁や市役所等の事務業務に対する具体的な助言である。
②業務に規範性や拘束性があれば、違法になること。
ここから上記を踏まえた上で「通知」を考えると、要録の作成・送付通知は、国から自治体に対する作成補助の助言であるためそこに法的拘束力は無い、と解釈する事が出来ます。
まとめ
いくつかの条文やその解釈から、「要録」の削減の可否について考えてみました。
そこでは、次の3つの点がポイントになります。
(1):要録とは本来「子どもたちの育ちを支える資料」の1つの例であり、強制されるものではない(=技術的助言であるため)
(2):要録を作成・提出が求められた場合、行政機関の福祉を担当する部署から要録作成及び送付に関する通知(もしくは「依頼」・「お願い」等)を貰う必要がある事。(=「通知」が行政機関の福祉の部署の部局長宛てになっており、施設宛てではないため)
(3):要録の作成・提出を求められた場合、上記の観点から保育園及び保育士の業務ではない事を含め、
1)小学校でそれが活用されているのか、またどのように活用されているのか。
2)保育園並びに保育士の業務を拘束していることを理解しているのか、その為の保育士へのサポートや補償等は考えていないのか。
以上を踏まえ、僕自身の意見を言うならば「要録の作成・送付について義務はない」と考えています。
(法令の観点から言えば、「保育所保育指針」には要録の作成について記されておらず、「通知文」には、そもそも法的効力を有しておらず、さらに施設への通知ではないからです)
これまで紹介した根拠となる法令や条文、発言等を踏まえ、行政機関から要録の作成等の通知が届いた場合、僕は次のような反論をします。
要録提出への反論
「通知」には、あたかも要録作成が義務のように書いてありますが、そもそもこの「通知」には法的拘束力は無く、また法的根拠のない「通知」をもとにした要録作成の通知に強制力・義務性は無い。あくまで施設にとっては行政機関からの依頼・お願い等でしかありません。その為、施設での要録作成は義務ではありません。
繰り返しになりますが、今現在、唯一決まっている事実は、「子どもの育ちを支えるための資料が送付されること」のみです。
終わりに
業務の改善に必要な事は徹底したリサーチです。法令には必ず目を通しておきましょう。特に今回は法令の他に、条文や論文等の読み込みが必要でした。
いくつもの条文や論文を読むのは、正直楽しくもなく、大変なだけです。
しかし調べていくうちに、以前なら「従わないといけないものだ」と妄信していた国からの通知は、場合によっては、何の法的拘束力の無いものだと分かっただけでも大きな収穫でした。
どんな仕事でも、その仕事の「義務性」については調べるべきでしょう。
もしかすると思わぬ業務を無くせるかもしれません。